日本の大企業と言えば トヨタ VS ユニクロ
トヨタ
豊田自動織機を源流とするトヨタグループの中核企業で、ダイハツ工業と日野自動車の親会社、SUBARUの筆頭株主である。トヨタ車は信頼性が高く故障が極めて少ないことで知られており、特にカローラ、ランドクルーザー、ハイラックス、ハイエースの信頼性の高さは「耐久性=トヨタ」のイメージを万国共通にまで高めた。日本市場1位の乗用車もさることながら、ランニングコストが重要な、商用車の需要も極めて高い。トヨタが世界をリードしている環境技術に、スプリット式ハイブリッド技術の「トヨタ・ハイブリッド・システム(THS-II)」がある。1997年12月に世界初の量産ハイブリッド車、プリウスを市場に送り出した。初代はマイナーな存在であったが、二代目は原油価格高騰を背景に販売台数を伸ばし、三代目に至っては最初の1か月間の受注台数が月販目標の1万台の18倍にあたる約18万台で、納車が最大で10か月以上待ちになるなど空前のヒットを記録。「トヨタ=ハイブリッド」のイメージを不動のものとした。
Statistics for this Xoptio
ユニクロ
もともとは個人営業の紳士服専門店「メンズショップ小郡商事(メンズショップOS)」として山口県宇部市に開店した。 それまで山口県宇部市で「メンズショップOS」(1992年4月までに全店閉店またはユニクロに改装)の名称で男性向け衣料品を取り扱っていた小郡商事が、1984年6月2日、広島市中区袋町にユニセックスカジュアル衣料品店「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」(UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE)を開店。これがユニクロの1号店となるが、この1号店は現存しない。同年9月に等の息子の柳井正が代表取締役社長に就任した。 「ユニクロ」の名称は、この1号店の店舗名の略称が元になっているが、当初略称の英文綴りはそのまま「UNI-CLO」であった。1988年に香港に現地法人を設立した際、会社登記の書類に略称の「UNI-CLO」を「UNI-QLO」と書き間違えられてしまったのだが、そのスペルを柳井正が気に入り、そのまま英文綴りを「UNI-QLO」に変更した商標を採用した。かつては包装紙やテープ等に「U296」と表記していた時期もあった。